2012年4月13日金曜日

わたしが選んだ器


今日も、聖会のためのお祈り会が行われました。
集まってくださった信徒の方と心を合わせて聖会の祝福を祈りました。

「すると主は言われた。『行け。あの者は、異邦人や王たち、またイスラエルの子らにわたしの名を伝えるために、わたしが選んだ器である。』」(使徒言行録9:15)

サウロがキリスト教の迫害者であったときから、すでに神様は彼を選び出し、神ご自身を宣べ伝える器となった姿の彼を見ておられました。

人の目と、神の目との違いですね。

わたしたちがクリスチャンとなったのは、自分の決心や意思のように思われがちです。けれども、実はその背後に神様の選び、神様の愛による導きがあったことに気が付かされます。

だからわたしたちは前を向いて歩くことができるのだと思います。神様が共にあって支えてくださっているからです!神様の真実と愛に感謝します。


午後は、教会に一人の方がおいでになりました。
以前は教会に通っておられたそうですが、もうしばらく通っておられないとのこと。

色々な苦しいことを通らされ、自分を助けてくださるのはイエス・キリスト様しかないと思わされ、もう一度神様に近づいてみたいという思いで、電話帳で千葉シャローム教会を見つけられたそうです。

聖書に「神は・・・永遠(神様のこと)を思う心を人に与えられる。」(コヘレトの言葉3:11)という言葉があります。

神様を思う心となったということも、神様の導き、神様の選びから来ているのではないでしょうか?

この方の人生が祝福されますように。













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