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2013年6月7日金曜日

神は来て

木曜日の面談の日、今日は(というか大抵は・・・)予約もありませんので、午後は信徒の方を訪問しました。


船橋の方で、先週、家で転んで骨折してしまいました。


怪我の後ですから、玄関先で、お顔を見て、一緒にお祈りをして、帰ろうと思ったのですが、ご自分のお部屋に通して下さり、わたし(牧師)と家内と3人で、しばしお話しをする時間を持つことができました。


普段ゆっくり話すことができない分、いろいろな話し、今まで経験してこられたことを聞くこともでき、とても貴重な時間となりました。


最後にお怪我が速やかに癒されて、また、一緒に教会で礼拝をささげることができるよう、主の御名によって祈らせていただきました。以前、祈っていて、骨折した方が癒されたことがあります。イエス様の力を信じて祈りました。


教会に戻ってから、お礼の電話をしますと、わたしたちが帰ってから、しばらくして、ふとしたことから、今まで上がらなかった腕が上がるようになったことに気がついたというのです。


「こんなわたしの家にも神様が来てくださった」と、いうことを感じて、涙が止まらなかったと、話しておられました。


では、「すっかり良くなって教会においでくださいね」と、いいますと、「間もなく行きます」!との元気な声が返ってきました。主に感謝します。



「『神は来て、あなたたちを救われる。』
 そのとき、見えない人の目が開き/聞こえない人の耳が開く。
 そのとき/歩けなかった人が鹿のように躍り上がる。」(イザヤ35・4-6)





2013年5月23日木曜日

耳になる

毎週木曜日は、牧師との面談日にしています。
この日は、なるべく集会などの行事を入れないようにします。
面談がない日は、作業をしたり、訪問する日にしようと努めています。


今まで、初めて教会に来られたかたも含めて何人かの方の相談を受けたり、お話しを伺ったりしました。


そのたびに、以前、ある教会の先生が、自分は話しを聴いてほしい人がいれば、その話しを聞く耳になりたい、と話された言葉を思い出します。


今日は、普段教会に通っておられる方がお話しに来られました。


できる限り、心を傾けてお話しを聞かせていただきました。


地域の方もぜひ、お話しをする機会をもってほしいなと思います。
お金は要りませんし、信仰を強要することはありません。
もちろん、秘密は厳守します。


話しても無駄だ、なんて思わないで、心の内をお話ししてみませんか?


イエス・キリストは言われました。
「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」(マタイ11:28)



2013年5月14日火曜日

ファミリー

 

日曜日のオープン礼拝は、母の日ファミリー礼拝でした。

 

その最後に、秋に結婚することになっている方達の婚約式を行いました。

一人は、千葉シャローム教会のメンバーです。

 

集われた多くの方達の祝福を受けて、とても感動的なひと時でした。

教会は神の家族(ファミリー)です。

誰かに嬉しいことがあれば、みんなで喜び、悲しいことがあれば、みんなで悲しむ。そんな教会でありたいと思います。

 

婚約されたお二人に神様の祝福が豊かにありますように。

 

2013年5月9日木曜日

悲しむ人

今日の午後、先月娘さんを亡くされ、教会で葬儀をさせていただいた方のお宅を訪問しました。


お母さんと、ご主人と共にお祈りをすることができました。


「元気なときは喧嘩ばかりしていたように思うけれど、今は、喧嘩する相手がいないことが寂しい」「自分のほうが年上だから、代われるものなら自分が代わりたいと思った」との言葉から、お二人の寂しさ、悲しさが痛いほど伝わってきました。


ただ、亡くなられたときのお顔が、無念の表情ではなく、地上の走るべき道のりを走り終えたような表情であり、また生前神様のことを知り、最後はすべてを神様にお任せしているお顔だったことが、本当に大きな慰めとなっていました。


愛する者を失うという悲しみは、人の言葉や励ましは何の力もないことを改めて教えらました。
同時に慰め主である神様が、ご家族の上に豊かな慰めを与えて下さるように願いました。


神様によるならば、悲しんでいるところに、真実の慰めがあります。


「悲しむ人々は、幸いである。その人たちは慰められる。」(マタイ5・5)





2013年4月24日水曜日

命の夜明けへ

今日は、先週の土曜日に召された方の葬送式が教会で行なわれました。


その方は15年にわたる闘病生活の末に、51歳の若さで、ついに天にお帰りになられました。


1年半ほど前、初めてお会いし、病の回復のために祈り続けておりました。その間、娘さんの回復を祈っておられたお母さんが、先にイエス・キリストを心に迎え、救いを経験されました。


お母さんは、すべてをお任せできる神様と出会い、とても心に平安を与えられたとおっしゃっておられ、以来ほぼ欠かさず毎週の礼拝と祈祷会にしゅっせきしておられました。


そのお母さんが娘さんと祈っているとき、お母さんの心の中におられる主イエス・キリスト様は、娘さんの霊魂に触れてくださったのでしょう。


召される直前、今まで抱えていた死への恐れがなくなり、静かに、平安のうちに息を引き取られたのでした。


その亡くなられたお姿は、死の暗闇を少しも感じさせない、命の夜明けへそのものでした。


ご家族のほとんどはクリスチャンではありませんでしたが、ご本人の願いを尊重して教会で葬儀を行なわせていただきました。


時間が経つにつれ、その方の顔がますます美しくなってくるので、ご遺族の方々も驚いておられました。「写真にとってもいいですか?」そういって、シャッターをきっておられました。


イエス・キリストが語られた言葉そのもののようでした。


「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。」


彼女は死んで終わったのではなく、永遠の命に羽ばたいていったことを信じます。


ご遺族の上に、神様の慰めがありますように。










2013年4月21日日曜日

心の復興


4月下旬というのに、朝から雪が降り続けていました



 
 
 
 











今日は、宮城県仙台市にある仙台ベタニヤ教会で午前・午後2回メッセージを語らせていただきました。
 
 
前日から仙台入りし、神学校で同期だった牧師に案内されて、近隣の被災地を短い時間でしたが見て回りました。震災から2年以上もたっていますが、津波の爪あとはいたるところに残されており、そのすさまじさ、すべてを奪われた人々の痛み、悲しみを思うと言葉がありませんでした。
 
 
仙台の教会は海から離れており、また高台で津波の被害はありませんでしたが、建物の中はめちゃくちゃになっていたそうです。
 
 
集会では、震災については何も語りませんでした。というよりも語れませんでした。ただただ、人の言葉や慰めでなく、神様の愛と憐れみ、慰めがお一人お一人にありますようにと願いながら、一言一言み言葉を語らせていただきました。
 
 
仙台ベタニヤ教会でしかできない、地域の人々の心の復興が実現することを願いつつ、帰ってきました。
 
 



 

2013年3月26日火曜日

あなたが呼べば




今日は、東京世田谷にある教会で、関東地区の合同の子ども達の集会が行われました。


集会では、ルカによる福音書18章35節~43節の、エリコの盲人(マルコ福音書にはバルティマイという名前)とイエスとの出会いを学びました。


「ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんで下さい。」「主よ、見えるようになることです。」


彼は、エリコ街道を歩かれるイエスを、救い主として、それだけではなく主(神)として信じて叫んだのです。この彼の叫び声を聞いて、イエスは立ち止まられ、彼の願いに応えて彼の目を開かれました。


参加した子ども達と心の目が開かれて神様を見ることができるよう、神様を心に迎えることができるよう、バルティマイのように呼び求めました。


昨日も、今日も変わることなく生きておられる主イエス・キリストは、子ども達の願いに答え数名の子の心におとどまり下さいました。


千葉シャローム教会から参加したお友だちの心にも、イエス様がおいで下さいました。
神様の愛に感謝します。


「あなたが呼べば主は答え
 あなたが叫べば
 『わたしはここにいる』と言われる。」(イザヤ58・9)

2013年3月21日木曜日

ハスの株




ご近所で、最近教会に何度か来てくださった方から、ハスの株を分けてもらいました。


大きめのプランターにハスの根(いわゆる”れんこん”ですね)をねかせ、土をかぶせます。
暖かくなるにつれて、芽はぐんぐん伸び、夏の日差しをいっぱい受けて、花を咲かせるとの事。


どんな花を咲かせてくれるのか、楽しみです。


2013年3月13日水曜日

芝貼り















日曜日に、園芸部の方を中心に有志の方々と一緒に庭の芝貼り作業をしました。


昨年末から、土を耕し、石や根を取り除き、腐葉土を混ぜ、土を踏み固め、ようやく芝を貼るところまでたどりつきました。


青々とした芝生の庭が目に浮かびます。
小さな子ども達にも遊んでもらえますね。


強風、黄砂が飛ぶ中でしたが、皆さんありがとうございました!!

2013年2月7日木曜日

信仰の遺産

 

今日は、夫婦で誉田にある施設にお住まいの老先生(伝道師)を訪問しました。

一時間ばかりの短い交わりでしたが、先生の内にある深く、また力強い信仰の息吹を吹き込まれて、わたしたちの心は生かされ、強められました。

先生の長年に渡って培ってこられたもの。それは信仰の遺産です。しっかりと受け止めさせていただきたいと思います。

このようなひと時を与えてくださった神様に、そしていつもあふれる愛と笑顔で迎えてくださる先生に心から感謝します。

 

2012年12月12日水曜日

親子で参加!

 

午後には、小学校の前でクリスマス・ファミリー礼拝の案内を配らせてもらいました。

12月16日(日)10:30-12:00 何も持たずにおいでください。

お父さんやお母さんの許可をもらってから来るように伝えています。

子どもたちをぜひ送り出していただければ嬉しいですし、ご家族でおいでくださったら、なお嬉しいです。

お楽しみも、ありです。

 

2012年12月7日金曜日

偽りの言葉

月に一度行われるキリスト教入門講座の日でした。

モーセの十戒シリーズを学び始めて今日で九回目。

「偽証してはならない」(出エジプト記20:16)から学びました。

偽証とは分かりやすく言えば、真実でないことを証言することで、嘘をつくことです。

「嘘をつく証人」は神様がもっとも嫌悪されることの一つであることをしりつつ、人は何と数多くの嘘をついてしまうことか、改めて気づかされました。

また分かっていても、自分を変えることができない。そんな弱さを抱えているのです。

けれども、それは人間にはできることではないが、神にはできる。自分の現実が見せつけられたとしても、神様はそのような者をも変えてくださる。聖書のみ言葉から力を与えられ、祈りました。

 

「むなしいもの、偽りの言葉を、わたしから遠ざけてください。」(箴言30:8)

2012年11月29日木曜日

話に耳を傾けます

木曜日は集会がないため、面談日としています。牧師も時間を空けるようにしていますので、何でも気軽にご相談、お話しに来ていただければと思っています。

ご相談を受けた回数は少ないですが、一応重なってもいけませんので、予約制とさせていただいています。もちろん秘密は守りますし、お金は要りません。

今日は、一人の80代のご婦人が相談に来られました。

牧師は、話に耳を傾け、必要があれば助言させていただきます。ご本人が望まれれば、共にお祈りをします。

ご相談に来られた方が、晴れ晴れとした顔をして帰っていかれる時、ホッと安心しますし、導いてくださった神様に感謝します。

お一人お一人の人生を神様が支えてくださいますように。

 

2012年11月13日火曜日

医者を必要とするのは

午後に、ご病気の方を訪問しました。

病気による体の辛さは当然あるのですが、不安や恐れはそれ以上に耐え難い苦しみです。

イエス様がその苦しみを取り除き、救い出してくださるように一緒にお祈りしました。

 

イエス・キリストは言われます。

⌈医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。・・・わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。⌋(マタイ9:12,13)

ご病気を抱えていたり、心に苦しみを抱えている方は、自分は大丈夫と我慢しないで、救い主であり、癒し主である、イエス・キリストのもとに来てほしいと、心から願っています。ここに救いがあるからです。

 

2012年11月12日月曜日

イエスは御覧になった

「イエスはペトロの家に行き、そのしゅうとめが熱を出して寝込んでいるのを御覧になった。」(マタイ8:14)

保育園をお休みした5歳の娘と、私たち夫婦で信徒の方のお宅を訪問しました。

ご本人とも当然お会いしましたが、今回はご家族の方々とお会いできればと思っていました。

近くに住んでいるご親族、施設で暮らしているご親族、自宅を含めて4箇所訪問させていただきました。お話では聞いていても、実際そこに赴いて、お会いしてみなければ分からないことが沢山あります。

訪問中、イエス様がペトロの家に行き、病の中にあった彼の姑を愛と憐みの眼差しで御覧になり、癒していかれたお姿が思い起こされました。

幸い、その日は神様が備えてくださったのでしょう、親しくお話する時間と場所が設けられており、一緒にお祈りすることもできました。皆さん、色々な状況の中で癒しを必要としている方々ばかりです。ペトロの姑を癒された主が働いてくださったことを信じます。

 

2012年10月22日月曜日

土の中にある石ころ

今日は、隣の畑をしておられる方に、手伝っていただき、耕運機で庭を耕しました。

畑にするわけではないのですが、あまりにも雑草の勢いが強いため、根を掘り起こすことにしました。準備が整えば、芝を植えたいなと思っています。

それにしても、耕してみると、大小の石ころが出るわ出るわ!

人間の心は、畑に例えられます。良い地に蒔かれた種は、多くの実を結びますが、土の中に石ころがたくさんあると豊かに実を結ぶことができないのです。

心の中は見えないけれど、自分勝手とか、石ころがたくさんありそうです。み言葉の力によって、耕され、石ころを見つけたら一つ一つ取り除いてほしいです。豊かに実を結ぶために。

 

 

2012年8月17日金曜日

バッハと弟子たち



昨晩、家内の実家・神戸に帰省中、西宮で行われていた友人の出演する声楽アンサンブルのコンサートに行ってきました。

いろいろな分野で活躍している若手の音楽家達で結成している声楽アンサンブル”ヴォイスペクティヴ”による演奏でした。アップしている音源は、昨年の演奏のようです。

今年は、第3回目のコンサートは「《継承》と《変容》 ― バッハとその弟子たち 創造の源」と題して、バッハとその弟子、そしてバッハの教会音楽に影響を与えた作曲家の作品が演奏されました。

ミサ曲、カンタータと、宗教曲が取り上げられていたため、アンサンブルの美しいハーモニーに浸りながら、対訳と照らし合わせつつ味わわせてもらいました。

難しいことは分かりませんが、一つ一つの言葉が心に迫り、まるで礼拝をしているような気持ちになり、深い感動を味わいました。

遠く離れた地で、このような機会を得ることができ、神様に、そして案内をしてくれた友人に感謝しています。