午後に栄光クリニック2F(衛川ホール)で家庭礼拝がありました。
そこで歌った讃美歌の1節をご紹介します。
カルバリ山の 十字架のうえに
イェスは貴き ちしおを流し
罪人のため みうせたまえり
十字架の血潮は わがためなり。
あぁ 十字架 カルバリの
十字架の血潮は わがためなり。
「イエスは、わたしたちのために、命を捨ててくださいました。そのことによって、わたしたちは愛を知りました。」(ヨハネの手紙一 3・16前半)
「わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。ここに愛があります。」(ヨハネの手紙一 4・10)
「イエス・キリストの十字架はわたしのためだった・・・」
イエス・キリストの十字架の話をしたときにある方は、「本当に申し訳ないことです」と言われました。神の愛に気がつかされ、同時に自分の罪深さに気がつかされたからだと思います。
でも、救いはそこからです。
イエスは語られます。「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」(マタイによる福音書 11・28)
十字架の信じて、「神は愛なり」と御名を呼びつつイエスに近づこう。
ここに赦しがある。ここに救いがある。ここに愛がある!
「神は愛なり!」
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