ドイツの青年貴族、ツィンツェンドルフ伯は、莫大な財産を持ち、贅沢な暮らしをし、自分の楽しみだけを追い求める毎日を過ごしていました。
ある日、彼が美術館を訪問し、そこで思いがけず出会った十字架にかけられたキリストの聖画を見つめていると、彼に語りかけられるキリストの声を聞いたのです。
「わたしはあなたのためにすべてのものを犠牲にしたが、あなたはわたしのために何をしただろうか」と。
神に背を向けて生きてきた彼のためにさえ、身代わりに十字架にかかられたキリストの愛が彼を圧倒し、その瞬間、かれは180度の回心を経験したのです。
彼はもてる財産を神と人々のためにささげ、自分自身を神様にささげたのです。
やがて、彼はモラビアン派(兄弟団)という教団を起こし、全世界に宣教師を派遣し、キリストの愛を伝えていったのです。
彼に語りかけられた十字架のキリストのみ声が、聞こえてきます。
「わたしはあなたのためにすべてのものを犠牲にした(十字架の姿にまでなった)が、あなたはわたしのために何をしただろうか。」
この神の愛に、わたしたちはどう応えたらいいでしょうか?
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