2013年7月10日水曜日

水がめを置いて



















祈祷会で学んだ聖書の言葉


ヨハネによる福音書4章28節~30節

:28 女は、水がめをそこに置いたまま町に行き、人々に言った。
:29 「さあ、見に来てください。わたしが行ったことをすべて、言い当てた人がいます。もしかしたら、  この方がメシアかもしれません。」
:30 人々は町を出て、イエスのもとへやって来た。


自らの罪深い生活に後ろめたさを感じながら、人の目に触れないように生きていたサマリアの婦人が、イエス・キリストとの出会いを経験した後、まったく新しい人のようになって、もと来た町へと向かってイエス・キリストのことを伝えるために人々の所へ大胆に出ていきます。それも、水がめを置いて。


この女にとって、水がめは生活のために一番大切なものと思われます。
それを置いて出かけていった姿は、わたしたちに大切なことを教えます。


水がめは井戸から水を汲むために用いていたもので、それは生活には必要なものですが、彼女の心を満たすものでは当然ありませんでした。


でも、イエス・キリストと出会い、イエスの本性に触れたとき、彼女の心の中に湧き出る泉が与えられたのです。


イエスは言われました。
「わたし(イエス)が与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水が湧き出る。」


イエス・キリストは、人の心をいつまでも満たし続けることができるお方です。






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